「男はつらいよ」45周年記念 私と寅さん

心の安らぎでした。

風さま (40代~ ) 九州、沖縄 在住

わたしは不安が酷く、何事をするにしても不安で心がいっぱいになり疲れる毎日でした。20代の時、会社の命令で東京に転勤になりました。友だちも一人もおらず、休日はずっと部屋の中で寝ている毎日でした。そんな時、ふと寅さんを思いだし柴又の帝釈天まで何度足を運んだことでしょう。当時、東京の中野にいましたので、思ったより帝釈天までは遠く、それでも、寂しさを紛らわすために通っていました。そうそう、田舎の両親に帝釈天の参道からイナゴの佃煮を送ったこともありました。
地元に帰って来てからも、寅さんのDVDを少しずつ集め、なにか不安なことがあると、「男はつらいよ」のDVDを見て、心を落ち着かせていました。
ある日、やはり精神的に辛いことが多く、疲れている時、自分の地元が御前様、笠智衆さんの出身地であるという事に気がつき、それから笠さんの生家、来照寺を探し、もうすっかり古びてしまっている「『男はつらいよ』の看板」や、「『秋刀魚の味』の看板」「『東京物語』の看板」などをぼーっと見て帰ることが数度ありました。来照寺は、ひっそりと田舎の細道の奥にあり、普通の田舎のお寺ですが、笠智衆さんの立派な記念碑がしかしひっそりと建っています。
その笠智衆さんの生誕100年の時、笠さんの生まれた町に山田監督がいらっしゃってくれました。講演の中で「いつか小津さんの『東京物語』を超えるようなものをつくってみたい」とおっしゃっていましたが、昨年、山田監督はそれを成し遂げられました。
日本人は、いつのまにか「損得」でものを考えるようになりましたが、「男はつらいよ」の登場人物たちは「善悪」でものを考えています。もう、もとに戻ることはないのかも知れませんが、寅さんがいた時代が日本にはあったということは私たちの誇りです。
山田監督にはいつまでも長生きして頂き、安心して私たちが楽しめる喜劇を作り続けてほしいと思います。長々と失礼いたしました。


  • 文化放送 新・みんなの寅さん
  • 寅さんのことば
  • 寅さんのことば 風の向くまま気の向くまま 佐藤利明
  • 寅さんのことば 男はつらいよ寅次郎音楽旅