「男はつらいよ」45周年記念 私と寅さん

寅さんの魅力

r-sさま (50代~ ) 中部、東海 在住

この何年かはよく寅さんを観ています。
寅さんの魅力ってなんでしょう?

平隠な日常を送るとらやに、勝手気ままな渡世人の寅さんが帰ってくると必ず騒動になり、面白くも可笑しくもある物語になります。そして最後はまた旅に出てしまいます。
でも、とらやの人々は寅さんの気持ちをちゃんと知っているからケンカしたり悪態をつかれたりしても、やっぱり寅さんを心配しながら帰りを待っています。

そこにマドンナや多彩な出演者らが加わり、いろんな人間模様があったり失恋したり、時には「人間らしさ」時には「生と死」そして「家族」といったことを真正面から見つめています。もちろん寅さん流ですから重くはなりません。
観ている私たちにはたくさんの笑いと同時に涙や感動も生まれてきます。
これは脚本や演出の妙であり演者の凄さだと思いますし、それが「男はつらいよ」の魅力なんだと思います。

寅さんのことばにも惹かれます。
愛とは何か?恋とは?なぜ勉強するのか?どうして大学に行くのか?そして人は何の為に生きているのか?
寅さんの答えは見事です。
人間が生きて行く上で必ず直面する様々な疑問に、寅さんの簡潔にして明瞭な答えは心に沁みるのです。

そして素晴らしいのはラストシーンです。どの作品もそうですが、どんなに酷いふられ方をしても或いは悲しく辛いことになっても、最後はいつも楽しくて明るくてとても清々しく終わります。
観終わった後はとても爽快な気分になり希望が湧いてきます。「自分も頑張ろう!」って気持ちにさせてくれます。

それでついまた観ようってことになります。
これはもう何度観ても飽きません。それどころか観る度に新しい発見があるくらいです。
観ているこちらも歳を重ねているせいか、同じ作品でも以前観た時と感じ方が違ったりするのがまた面白いところです。
「男はつらいよ」のそういった懐の深さには渥美清さんと山田洋次監督の矜持を感じます。

私は封切で寅さんを観たことが無いことをとても残念に思っています。
最新作を満員の映画館で他の観客と一緒に大笑いしてそして涙したかった。
後悔と反省の日々です。
でも、今ではよく寅友が集まって本編を観ています。
みんなで観る寅さんはやはり楽しいのです。


これからも寅さん

おばちゃんさま (50代~ ) 中部、東海 在住

私が始めて寅さんを観たのは高校の映画観賞の時です。
洋画に憧れていた私達は「男はつらいよ」を観ると知った時
「え〜邦画なの?つまらない〜寝ちゃう」の批難の声でした
しかし!観賞後、女子高生の心をどう感じさせたのか誰も不満を言う人はいませんでした。
そして時が流れ、おばちゃんになった私は昨年から寅さんの虜になっています。
寅さんが家族と喧嘩をして家を飛び出し何ヶ月後に何事も無かった様に旅先の
公衆電話から「さくらか?」って話しをするシーンが大好き(泣けます)です。
さくらが受話器を両手で持って「お兄ちゃんなの?今どこ?」って待ちに待ったお兄ちゃんの声に心弾ませて話すさくらさんのシーンは毎回泣けます。
電話を出る前から相手を知ることが出来る今の時代では、さくらの様な感情は無くなった気がします 私達が失くしちゃったんですよね

月に1回寅さんファンの方々と観賞会があり参加させてもらっています。
興味深い前説があるので何度か観た作品も新鮮で毎回ワクワクしながら観ています。


私の心の拠り所

マイユウさま (40代~ ) 中部、東海 在住

私は、仕事で辛いことがあった時、行き詰まって悩んだ時に必ず観るのが寅さんの映画です。仕事から帰宅して沈んだ気持ちの時に寅さんのDVDに助けを求めます。自分のお気に入りの作品を観ているうちに、いつしか私の沈んだ気持ちは軽くなり、『よし、また頑張るか!』という気持ちに変わっていくのです。うまく説明はできません。でも、誰にも相談できない沈んだ私の気持ちを何度となく救ってくれたのは、寅さんの映画なのです。私にとって寅さんの映画は、特効薬!大切な心の拠り所なのです。


寅さんでみんなが笑った

このみさま (30代~ ) 中部、東海 在住

食卓を囲む家族の団らん。祖父母と父と私。
その輪の中心には、寅さんがいました。
夕飯を食べながら寅さんを見るのが、私たち家族の楽しみだったのです。

私たち家族は、みんな寅さんが大好き。寅さんだけではありません。柴又のみんなは、まるで私たちの本当の身内のよう。さくらや、おいちゃんおばちゃんがいるお茶の間が、私たちの食卓と繋がっているかのように、テレビの前で泣いたり笑ったり、寅さんのことを心配したりしました。

私が結婚し、実家で寅さんを見る機会は少なくなってしまいましたが、それでも帰省した際には父がおもむろに寅さんを流し始めます。
祖父が声を上げて笑い、祖母が前のめりで寅さんの話を聞きます。私はそんな家族たちを見て、とても幸せな気持ちになれるのです。

私たちが寅さんを忘れない限り、いつまでのこの食卓は柴又へと繋がって、寅さんはいつまでも生き続けるんじゃないかと思います。


矢切の渡し

ノスタルジアさま (60代~ ) 中部、東海 在住

寅さんが亡くなった年の晩秋に葛飾柴又に初めて行きました。
シリーズに欠かせない「矢切の渡し」に乗って、船頭さんに
「寅さんを偲んで信州白馬村からやって来ました。」
と話すと、対岸に着いて降りてからも寅さんのエピソードを
語ってくれました。
シリーズ最後の頃になると寅さんは体調も悪くなり、
撮影の合い間には椅子に座る事も多くなり、付け人やスタッフが
団扇で扇いでいたが、いかにも辛そうだったとか。
そんな事情知らないロケ見物の寅さんファンがサインをねだっても
応じない寅さんを「最近、寅さんは態度がでかくなったね。」と
陰口が聞こえて来て船頭さんもつらかったとか。
でも息子さんの結婚式に出席してくれた事をは本当に嬉しそうに
語ってくれました。
帰りの舟は寅さん気分でした。


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