「男はつらいよ」45周年記念 私と寅さん

寅さんは私のお父さん

Norahrhythmixさま (~20代 ) 関西 在住

父と最後に映画を見たのは、
渥美清さんが天国へ行ったときに作られた追悼映画「虹をつかむ男」。
寅さんが大好きだった私と父、そして母と3人で天国に行った寅さんを映画館で追悼した。
9歳だった私は、初めてお金をためて買ったCDは「渥美清ベスト」。
お父さんと割り勘して買った思い出のCD。
日本旅行に出る前には必ず、先に寅さんがその土地へ行ったときの回を見て、
寅さんと一緒に旅をするような気分で旅に向かう。
映画の始まりのオープニングソングを聴いただけで涙が出てしまうのは、
日本人が忘れかけていた人情や温かさを感じることもさながら、
今は亡き父との思い出がたくさんつまっているからだろうか。

落ち込んだときに、寅さんを見ると、
なんだか父と対話しているような気分になれるんだ。
私と、寅さん。私とお父さん。
ずっとずっと私と一緒に旅をしてね。


雑記

具志堅さま (60代~ ) 関西 在住

日常生活のなかで、いろいろな感情が交錯します。楽しいこと、嬉しいこと、愉快なこと、嫌なこと、辛いこと、そんな時、無性に寅さんに会いたくなるときがあります。そんなときは、決まってレンタルビデオ屋さんに出かけて、「男はつらいよ」を借りてみています。いままでランダムに借りて来て観たのですが、同じ巻を借り自分の記憶力のなさに、老人力がついてきたなぁと思っています。そこで携帯電話のメモ機能を利用して、借りた巻をメモっています。偏屈なのか、47巻、46巻、45巻と逆から借りて、次第に若い寅さんにであって、そして一喜一憂しております。
この楽しみはまだまだ続きそうです。


毎日寅さん

酒井啓吾(カケちゃん)さま (50代~ ) 関西 在住

寅さんを劇場で見だしたのはシリーズ半ばだったと記憶しています。
ほんと正月は寅さんを見に行くのが当たり前となっていました。
しかしシリーズが終わってしまい、ぽっかり穴が開いてしまった私は暫く寅さんを忘れていたようでした。

しかしふとしたことから寅さん愛が再燃し、寅さんのSNSに参加し、
ますます燃え上がり、そのSNS仲間で小さなしかし世界最高の寅さんSNSを結成。全国のロケ地を追うロケ地派と本編の良さを追求する本編派に別れてはいますが寅さんに対する愛情はみんな同じです。

私自身 仕事や私生活のストレスを忘れさせる良薬として、4年ぐらい前から
寅さんを毎日たとえ数分でも見続けています。
寅さんを見ながら眠りにつくのは至福の時ですし、SNSのメンバーとあって
ロケ地を歩いたり、寅さんをみんなで見る事は、私の人生において欠かせないものになっております。


初回の旅先は今の我が家

赤石仙人さま (60代~ ) 関西 在住

寅さんシリーズ第1作の旅先は、京都・奈良でした。
まるで修学旅行のようですが、奈良で写真を撮っているのは奈良公園・鷺池に浮かぶ浮見堂です。
浮見堂に住んでいる訳ではありませんが、今の我が家は奈良公園の隣にあり、浮見堂は散歩コースです。
映画で観た檜皮葺(ひわだぶき)の東屋が奈良名所百選の一つであることを知ったのは、奈良公園の近くに住んでからでした。

 フーテンの憂き身で遠きマドンナが 微笑みかける浮見堂かな


ぼくは「寅さんになる!」といっちゃった

穴田丘呼さま (50代~ ) 関西 在住

高校も3年。工業高校だったぼくたちは働くことが約束されていた。大学進学する人も少しはいたが、ほとんどが就職希望だった。
そんな中でぼくたちは将来何になる? という話題でもちきりになった。また、21世紀にはどんな人になっているだろうとも。それには職業という物を選ばなくてはならない。色んな発言がそこでは聞かれた。兎に角、ぼくらは会社などに働くことになるのだ。

その中でぼくだけが「寅さんになる!」といってしまった。半分冗談のつもりで…。だが蓋を開ければぼくは寅さんになってしまっていた。フラフラと定職を持たず、転職に転職を重ね現在がある。女性関係も寅さんのそれ。惚れてはふられの繰り返し。定職を持たないので恋愛も成熟しない。ある時、同窓会の席で「寅さんになる! て言わなければ良かった」と述べたぼくであった。本当に寅さんになっちまった。現在、無職である。もちろん女房も子供もいない。寅さんのテーマソングが聴こえてきそうだ。


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