「男はつらいよ」45周年記念 私と寅さん

才能だよ

竹村 謙二郎さま (30代~ ) 関東 在住

今年、闘病わずか2ヶ月で、父が逝きました。
親子ながら、妙に気が合う関係でした。
受験勉強中の私に、「プロレスが始まるから一緒に見ようぜ」と誘う、そんな父でした。僕もまた、喜んで父と観戦したものです。新しくなった歌舞伎座の杮落としも2人で行きましたね。
ある時、ほろ酔いの父は僕に言いました。「お前な、寅さんみたいに生きるのにも、才能がいるんだぞ。お前には、それはない。お前みたいなもんは、真面目にコツコツ努力するしかないんだよ」
受験勉強を中断して、父の晩酌&プロレス観戦、プロ野球ニュースに付き合い、CMになった時の話です。
寅さんのようには生きられなかったけど、父の心にも、私の心にも、寅さんは居て、無垢な気持ちを与えてくれたように思います。
その時、その気持ちが本気なら、それでいいじゃねぇか、と。


寅さんと『赤とんぼ』

喜多興三さま (60代~ ) 関東 在住

“フーテンの寅さん”渥美清氏の別の顔、句集『赤とんぼ』を読んだ。俳号は「風天」。いやはや、びっくり感動。どの句も、市井の庶民の日常、季節の移り変わりを鋭くスパッと、しかも気取りなく詠まれている秀作である。その『赤とんぼ』より小生の気に入ったベスト10句をご紹介。
『うつり香の ひみつ知ってる 春の闇』
『げじげじにもある うぬぼれ 生きること』
『そのはねで あの空飛んだか 置物の鷹』
『ひばり 突き刺さるように 麦のなか』
『やや寒く 田端の駅の 操車場』
*小生ご幼少のみぎり(3~4歳の頃か)、田端(日暮里?)駅で乗換の電車を待っていると、SL機関車の汽笛が轟音を発したので、あわてて父の股に逃げ込んだことを覚えている。
『夜光虫 夜釣りの客の 軍歌かな』
『赤とんぼ じっとしたまま 明日どうする』
『花びらの 出て又入る 鯉の口』
『羽虫飛ぶ 葡萄のさだめ 客の果て』
『朝寝して 寝返りうてば 昼寝かな』
『少年の日に帰りたき 初蛍』
『髪洗う わきの下や 月明り』
『花道に 降る春雨や 音もなく』*晩年の句、結局、13句となってしまいました。


夜汽車に乗って

CAPそうたさま (40代~ ) 関東 在住

列車の旅が好きで、中学生になるとよく夜汽車に乗って旅にでました。
家の明かりが見えると、寅さんのセリフを思い出したもんです。

きっと、この列車にも寅さんが乗っているかも?なんて妄想にふけっていたこともありました。

産まれも育ちも東京の下町なので、とらや(くるまや)のおいちゃん、おばちゃんのようなお店、タコ社長の町工場、自分の生い立ちと重なるところがあります。

夜汽車もなくなり、お店はコンビニなどに変わり、町工場もなくなってきました。
薄れゆく、記憶を思い出させてくれるのが、寅さんの映画だと思います。

最近は、DVDもあり気軽にみられるようになりましたから、しばしの現実逃避で楽しんでおります。


まだまだ五十代

野球小僧二郎さま (50代~ ) 関東 在住

とらさん。そう-初めての出会いは40年、50年程前になりますね、tv番組での出会い、青島幸男さん、渥美清さん主演の「泣いてたまるか」。小学生でありながら がんばって 生きてゆこう、なんて思いながら見ておりました。
主題歌なんて 今もって そらで歌える程、柴又には 自転車で30分程の距離、何時までも帝釈天の寅さんは 今日も鞄を持って参道を歩いていますよ。


握手

石川 蟹蔵さま (50代~ ) 関東 在住

俺の子供の頃、俺は寅さんの故郷である柴又に住んでいました。
ロケがあるとたいてい見に行ってました。

俺が小学校4~5年生頃の話ですね。
その時もロケに来ていました。

ロケの合間かと思われますが、
寅さん(渥美 清さん)が帝釈天の境内にいらしゃいまして
「握手をしてほしい」と、お願いをしたら、
快く握手をしてくださいました。

あの時の寅さんの手の大きさと手のぬくもりは今でも忘れることはありません。


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