「男はつらいよ」45周年記念 私と寅さん

私の寅さん

英大輔さま (60代~ ) 関東 在住

48作プラス1全てを何度も何度でも、新鮮で心の糧です~永遠の友のような存在です…柴又にも何度も出掛けた~なんというか~名作で…このような作品は二度と作られないでしょう~


娘よ!いつか分かる日が…

梅干しマイコさま (40代~ ) 関東 在住

私と寅さんは、いわば同い年で今年45歳になります。中学生の時によく友人と映画館に足をはこびましたが、行けばほぼ年配者ばかりで、みかんや煎餅を食べながら (まったく寅さんは、ハッハッハ!(^人^)) と聞こえてきたのを覚えています。
何故、寅さんはいいのか?何故、また観たいのか? それは、出演者全員に[愛]が感じられる所で、心地好く、またあの空気を感じたい!という感覚しかないと思います。
一番の愛の提供者はやはり [さくら] ですよね! 私はその当時から自分に女の子が出来たら[さくら]にしようと決めていました。
運命のイタズラか現在、忘れ物ばかりの長男と長女を授かることが出来ました!
勿論、娘の名前は (さくら) 名前の由来を、いつ、どう言えば良いのか?
それを言っちゃーお終め~よですかね?(^_^;)


大好きな寅さん

あここさま (40代~ ) 関東 在住

昭和43年生まれの私。
小学校低学年の頃から、盆と正月は母と兄と寅さんの映画を見に行くのが恒例だった。
思春期あたりから私と兄は見に行かなくなったけど、母は寅さんが大好きで、友達と見に行っていた。
96年に母はくも膜下出血で倒れてしまった。
それ以来母は寝たきりになってしまったけれど、TVで寅さんが放送される時は必ず見せている。
話せないし、自分では何もできない母だけど、寅さんを見るととてもいい笑顔になる。
だから私も寅さんが大好きだ。


妄想小学生!!

えんどうまめさま (30代~ ) 関東 在住

寅さんを初めて見たのは幼稚園に通っていた時だったと思います。
物心ついた記憶の中でも寅さんの顔は鮮明で、子供の頃は本気で
寅さんは自分のおじさんと思っていた時期もありました。
寅さんが柴又から旅立って行くと良く悲しくなって泣いていた事も
あります。

きっかけは、父が特に好きで見ていて、映画館へも連れてって
もらってました。子供ながらに「飽きる」ことは無かったです。
お正月になると「寅さん帰ってくるよ~」と思いながら映画を
観たり、テレビで放送された時は予定外の帰郷にちょっと
喜んでいたり。

小学生になると、流石に自分の本当のおじさんとは
思わなくなっていたけれど、その変わり「男はつらいよ」に
子役として出ている自分を授業中に考えるのが楽しみでした。
もちろんその間、授業は全く耳に入ってきません。

国語のノート、算数のノート、ノートなら何でも良くて、
そこに自分の知っている俳優さんや、好きな芸能人の中から
「男はつらいよ」にふさわしい人を選び、自分はマドンナの1人
娘で、お父さんは幼い頃亡くなり、お母さんと2人で生活している
活発な小学生の役、と言うよりまんまで出ていると言う設定でした。

お母さん役を演じてくれるマドンナを選ぶのが一番大変なのですが、
小学生低学年の頃から大好きだったかたせ梨乃さんを若い美人
お母さんとして、自分はお母さんと寅さんを応援するヤンチャな子供。
でも、お母さんには二枚目の恋人がいて、その人よりも寅さんと
お母さんが結婚してくれる事を大きく望む子供の役でした。

寅さんやさくらやおいちゃん、おばちゃん、他の人達。
みんなスクリーンの中、画面の中の人なのにとっても温かい感じがして
毎年”見る”と言うより”会える”と言う感覚でした。

わたしはほとんどテレビを見ないので、現在流行っているものなどが
さっぱりな程わかりません。友達にも「え~!●●知らないとか貴重」
と良く言われますが「男はつらいよ」を1本も見た事ない人がいる事の
方が驚きだと思います。


雨のとらや

masamasaさま (30代~ ) 関東 在住

雨が今日みたいに降ると、雨の日のとらやを思いだします。雨の音と、おばちゃん、おいちゃんが、しずかに待ってくれている気がします。きっと寅さんを思い、待っていたんだろうなあ。せつなく、やさしい気持ちになります。


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