「男はつらいよ」45周年記念 私と寅さん

今は亡き恋人と…

柴又灯篭さま (30代~ ) その他 在住

「男はつらいよ」は傷心の私を癒し、大切な人と引き合わせてくれた大好きな映画です。
私は7年もお付き合いした男性と結婚式まであげ、結局入籍する直前に破局しました。多くの人達に大迷惑をかけ、私は自責の念から両親の顔も正面から見ることができず、食事も喉を通らない日々を過ごしました。

傷心のある日、人づてにひょんな事から一人の男性と知り合いました。
自分の親ほど年の離れた男性でしたが、お互いすぐに意気投合。私の全てを認め、尊重してくれる方でした。彼は東京生まれ東京育ちの江戸っ子。私は東京からは遠く離れた田舎の街に暮らし、本当に思いもかけない知り合い方でした。
ガンを患って長い闘病を続けている人でしたが、「病気とは一進一退、長く付き合ってるからまだ死にゃしないよ」と常に明るくユーモアあふれる彼に私の心も少しずつ癒されていき、毎日電話をして、手紙のやり取りをして、寅さんの話をして関係を深めました。
知り合ってから3ヶ月。私が東京へ旅行に行き、彼と一緒に柴又、帝釈天や江戸川等、草だんごを頬張りながら寅さんに縁のある場所をたくさん歩いて周りました。
傍から見たら、父と娘のような二人が手をつないで身を寄せ合いラブラブしていたのはきっと滑稽に映ったでしょう。それでも私たちは最高に幸せでした。

しかし彼の病気はだんだん悪化して行き、結局知り合って1年半後、彼は亡くなりました。最後の1ヶ月、私は出来る限り彼の元へ足を運びました。
最後は大好きな寅さんの話も出来ず、私はベッドの横で一日中彼の手を握っているだけでした。でも彼が亡くなった時、不思議と寂しくありませんでした。私に出来る事は全てやったという気持ちと、彼に対する感謝の気持ちが溢れていました。

彼と知り合えたおかげで、私も少しずつ元の元気を取り戻す事が出来ました。寅さんの映画を見るたび、彼と二人で行った最初で最後の柴又旅行を思い出します。病気のために仕事を辞めてしまいやるせなさや情けない気持ちで日々を送っていた彼、結婚に失敗し多くの人を傷つけ誰にも心を開けなくなっていた私。そんな知り合うはずも無い二人が出会い、寅さんのおかげて二人共前向きになれた。
それまで大好きだった寅さんをさらに大好きになりました。
そして今の私は、東京で愛情と人情を人に与えられる仕事に就きたいと夢を持っており、日々その夢に向けて努力しています。


結婚相手は寅さん

オトラさんさま (30代~ ) その他 在住

私は現在、カンボジアに住んでいます。というのも、私の夫が“寅さん”のような人だからです。
夫のお父さんは「男はつらいよ」の大ファン。私の夫は「男はつらいよ」を教科書代わりに育ちました。そのせいか放浪癖があり、大人になっても会社員にはならずに、あっちへフラフラこっちへフラフラ。平成の寅次郎の旅先は、海外。
結婚してもすぐに、結婚お祝い金を丸ごと持って、私を日本に置いて、旅に出てしまいました。その時の旅先が、カンボジアでした。

夫が長期でカンボジアに行っている間は、毎晩のように「男はつらいよ」のDVDを観ました。寅さんを見ていると、なんだか夫を見ているような気分で、ちっとも寂しくなかったのです。
夫はカンボジアの子ども達と親しくなってしまい、カンボジアに引越すことを決めてしまいました。
短気でワガママ、家族に甘えて理不尽なことばかり言って、とっても世話がやけますが、義理や人情を大切にしていて、粋で、心を傷つけるような嘘は決してつかない、他人のことを自分のこと以上に愛し、何より遠く離れた家族をいつも想っている夫が、私は大好きです。

今は、カンボジアの子どもたちと戯れながら、次の旅先はどこにするか、風のふくまま気の向くまま、考えているとこのようです。


寅さん「愛のセリフ」がイイ!

寅さ~ん!さま (~20代 ) その他 在住

>ああいい女だなあと思う。その次には、話がしたいなあと思う。ね?その次にはもうちょっと長くそばにいたいなあと思う。そのうちこう、なんか気分が柔らかぁくなってさ、ああこの人を幸せにしたいなあと思う…。もうこの人のためだったら命なんかいらない、俺死んじゃってもいい、そう思う。 >それが愛ってもんじゃないかい。 いいね!


  • 文化放送 新・みんなの寅さん
  • 寅さんのことば
  • 寅さんのことば 風の向くまま気の向くまま 佐藤利明
  • 寅さんのことば 男はつらいよ寅次郎音楽旅