「男はつらいよ」45周年記念 私と寅さん

人生の師! 寅しぇんしぇい

いちごさま (30代~ ) 九州、沖縄 在住

寅さんの事を思い浮かべるだけで心がほっとする。
大学時代、48作品全てを観て、その後就活、挫折、浪人、開業、失恋、結婚等々、人生の岐路に立つ度に、幾度寅さんに励まされたか知れない。寅さん、本当にありがとう。
私は寅さんには人生の哲学が詰まっていると思う。何度観ても、新たな発見があり、その時々の自分の状況に当てはまるような登場人物が居て、その人物に自分を重ねる。

「女がどうして可愛くなくちゃ、いけないんだい。」そうそう!!
「私、十九や二十歳の娘じゃないでしょう、結婚ってもっと現実的な問題なの」そうそう!
「人間はなんのために生きてるのかな」 う~ん・・・寅さんの回答、胸に沁みます。
寅さんはとかくヤクザ映画、男性向けの映画というイメージを持たれがち。しかし、寅さん映画には全作品を通して、様々な形で自分らしく生き生きと生きる女性が描かれている。
そこに古さはない。寅さんは現代の女性にも大変優しい応援が詰まっている。

寅さんのテーマ曲を着メロにしていた私。デート中に鳴って、「え!?」っと引かれた事も・・・(笑)でも、今は妹も寅さんにはまり、寅さんの着メロを愛用。私の寅さん熱はじわじわと深~く周りに伝染中。

柴又、田川、高梁、龍野、湯平、日南、田の原、佐賀、別府、杖立等など、ロケ地を訪ねる度、そこには当時撮影に関わった方々が嬉しそうに寅さんとの思い出話をしてくれる。
この出会いは私にとって素晴らしくかけがえのないもの。まさしく寅さんのお導きです。
寅さんこれからも私の人生に寄り添ってくださいね。
寅さん大好き!


寅さんは永遠のヒーロー!

雨渓さま (50代~ ) 関東 在住

私の寅さんとの出会いは私の年齢からすると遅く、8年程前NHK BSで放映された『ああ、失恋48連発』でした。盛んに映画館で公開上映されていた若い頃は全く興味がなく、「寅さん?ダサい…」と思っていたくらいです。それが私も社会に出て働き、結婚し、子供を儲けるとそれはもういろいろな荒波にもまれるわけです。そんな時です、寅さんに出会ったのは。
子供が受験を控え悶々とした日々を送っていました。土曜の夜は塾のある日で、疲れて機嫌の悪い子供を迎えに行くまでのひと時に何とはなしに『寅さん』にチャンネルを合わせました。見入ってしまったのです。笑い、泣き、そして和みました。すっきりした気持ちで子供を迎えに行くことができました。無事、親として受験を乗り越えられたのは週に一度の『寅さん』のお陰と言っても過言ではありません。
それから程なくして、子供の学校で催された講演会で、臨床心理士の先生のお話の中に寅さんが出てきたのです。第13作『男はつらいよ寅次郎恋やつれ』の吉永小百合演じるヒロインの苦労話を津和野の食堂で熱心に寅さんが聞いているシーンが映し出され、先生は「寅さんほどの名カウンセラーはいないのです」とおっしゃったのです。寅さんにほだされた直後の私でしたから、思わず「その通り!」と叫びそうになってしまいました。それからはDVDを借りたり、全作放映されると聞いてはWOWOWに登録したり、とにかく時間があれば観ていました。
しかし観れば観るほど、今のこの時代の東京に寅さんは合わないのではないか、隣に誰が住んでいるのかもわからないこの時代に、寅さんがいても煙たがれるだけではないか、と感じてしまいます。寅さんは昭和が生み出したヒーローなのでしょうか。そうかもしれないけれど、寅さんやとらやのみなさんのあの美しく済んだ心で誰にでも平等に接し、労い、愛すること、それは私たちが人間である以上変わるものではないと思います。寅さんは永遠なのです。


寅さんと旅

モノクロマンさま (60代~ ) 関西 在住

初めて柴又帝釈天や江戸川を訪ねたのは、もう今から40年も前の学生時代です。
もうすっかり変わったでしょうね。その頃は、未だ「男はつらいよ」を観るのに映画館へは
足を運んでいなかったです。その後2~3年して、今はもうこの世にいない写真仲間から
「君は山田洋次監督の『男はつらいよ』を観たことある?」
って聞かれ、「いいえ未だ観てないですね」と答えてしまいました。
彼の一声で、一度観てみようと映画館へ。
当初はさほど気付かなかったことが、歳を重ねるごとに人の繋がりや人情、日本の風景の素晴らしさに映像を通して強く感じ入るようになりました。
お金を掛けなくてもこの映画を観ることで旅をさせてくれると、思った程です。
結婚してからも子供達を連れ、年に二回の放映もありましたね。
正月とお盆頃、必ず家族で映画館へ。私にはこの映画がマンネリと言われていたこともあったようですが、新しい発見もあり決して「後悔しない」映画でした。
公衆電話から柴又へ10円玉を何枚も用意してかけるシーンも印象的です。
沢山の寅さんの旅をまたビデオで観ることにしましょう。


私の「寅さん」

TORAさま (50代~ ) 関東 在住

寅さん、車寅次郎という渥美清さんが演じるキャラクターに出会ったのは私が小学生だった頃のテレビドラマ。そのころテレビの無かった我が家は近所の家で確か再放送の時に時折見せてもらっていた。以前から渥美清の「泣いてたまる」等が好きだったのでいそいそとそのドラマを見せて頂いてはいたが、なにぶん他人の家のテレビ、全作を観る事は叶わない。
そうこうしているうちに映画化されて映画館で公開という。中学生だった自分は一人で「男はつらいよ」を映画館まで観に行った。今となっては、断片的だけどテレビドラマ時代から映画になった第一作をリアルタイムで体験している事が誇りだ。
それから全作を公開時に必ず観るという訳にはいかなかったけれど、シリーズ初期はよく映画館に足を運んだ。どうしてあんな四角い顔のおじさんが美人に振られる話が面白いのか。夏祭りの時期に公開時が重なって、映画館の外から祭りのにぎやかな音が場内に漏れ聴こえて来る中、もてない君だった私は一人で寅さんに熱い視線を送ったものだ。そこにはモテない同志の同類の共感があった。
時が経て、テレビ、ビデオで全作を繰り返し繰り返し観る事で、「男はつらいよ」の根底に流れるテーマのようなものが見えて来る。そこに見え隠れするのは、決してもてないおじさんの失恋話ではなかった。家族という絆の太さと隣人の友愛。人と人との繋がりの形を、決して難しい言葉では語らない、車寅次郎という人物の目を通した日常の言葉から浮き出す真理が透けて見える仕掛けになっていた。
私が「男はつらいよ」を観るとき、何より楽しみにしているのはとらやでの日常の会話にある。おいちゃん、おばちゃん、さくらの近所のうわさ話からそこはかとなく社会情勢を市井の目線で素朴に語られ、隣のタコ社長が汗をかきながら生活者として日々の苦労を嘆く。そんな光景が自分もその中の一員になったかのような面持ちにさせられる心地よさだった。

シリーズ後期のころ結婚し、以後毎年の大晦日に「男はつらいよ」を家族で観に出かける事を恒例とするように。ロケ誘致運動をし、監督との面談が叶い、スタジオ見学も何度か機会に恵まれ、渥美さん、笠智衆さんを始めとするとらやファミリーの役者さんともお目にかかれた。シリーズ終演後にファンになった若い世代には羨ましく思われるだろう。当時としても貴重な体験だった事には違いない。


矢切の渡し

ノスタルジアさま (60代~ ) 中部、東海 在住

寅さんが亡くなった年の晩秋に葛飾柴又に初めて行きました。
シリーズに欠かせない「矢切の渡し」に乗って、船頭さんに
「寅さんを偲んで信州白馬村からやって来ました。」
と話すと、対岸に着いて降りてからも寅さんのエピソードを
語ってくれました。
シリーズ最後の頃になると寅さんは体調も悪くなり、
撮影の合い間には椅子に座る事も多くなり、付け人やスタッフが
団扇で扇いでいたが、いかにも辛そうだったとか。
そんな事情知らないロケ見物の寅さんファンがサインをねだっても
応じない寅さんを「最近、寅さんは態度がでかくなったね。」と
陰口が聞こえて来て船頭さんもつらかったとか。
でも息子さんの結婚式に出席してくれた事をは本当に嬉しそうに
語ってくれました。
帰りの舟は寅さん気分でした。


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