「男はつらいよ」45周年記念 私と寅さん

僕の叔父さん

ヤマロさま (30代~ ) 関西 在住

自分は物心ついた頃(記憶にあるのは3歳)から寅さんを見て育ちました。
もちろん映画館にも見にいきましたし、
時間さえあれば、当時ベータ版のビデオを再生しては何度も何度も見ていたものです。(まるで寅さん育成の英才教育のように笑)
それは30数年間変わっていませんし、これからもそうだと思います。

だから、片時も離さず観続けてきた自分にとって寅さんは「僕の叔父さん」です。
叔父さんを見て育ち、見習うところ、反面教師にするところ数々ありましたが、
歳老うごとに似てきたように感じます。(笑)
幼い頃から刷り込まれた叔父さんの影響は大きいです。
僕たちはこれから次の世代にも「寅叔父さん」のことを伝えていきます。
どうか見守って、いつまでも画面の中で僕たちを楽しませて下さい。


ありがとう、寅さん

ぴよきちさま (30代~ ) 関東 在住

私が「寅さん」を初めて観たのは、渥美清さんが亡くなった後、
テレビの映画番組ででした。
リアルタイムで観たかったなあ。

それにしても、昔の女優さんって、どうしてあんなにお美しいのでしょう。
第一作のさくらなどは、美しすぎて、同じ女性ながら、ぼーっと見とれてしまうほどです。
他のマドンナたちもそうです。
顔形の美しさだけでなく、言葉遣い、一つ一つの仕草、立ち居振る舞いが、つつましく、品があって、しとやかなのです。
今の女優さんで、こんな雰囲気を出せる方は、果たして何人いらっしゃるのか…
(失礼ですが…すみません)
私も、あんな風に、美しくなれたらなぁ。

そして、私の一番好きなシーンが、
第一作で博がさくらに告白するシーンです。
何度も何度も観ては、じいんとしてしまいます。
博の誠実な思いが表れていて、
このシーンですっかり博のファンになってしまいました。

最後に…
「寅さん」は、私の心のビタミン剤です。
たとえ気持ちがささくれだっていても、
寅さんに会うと、心がほかほかしてきます。
これからも、ずっとずっと観続けたいです。
出会えてよかった。大好きです。ありがとう、寅さん。


今は亡き恋人と…

柴又灯篭さま (30代~ ) その他 在住

「男はつらいよ」は傷心の私を癒し、大切な人と引き合わせてくれた大好きな映画です。
私は7年もお付き合いした男性と結婚式まであげ、結局入籍する直前に破局しました。多くの人達に大迷惑をかけ、私は自責の念から両親の顔も正面から見ることができず、食事も喉を通らない日々を過ごしました。

傷心のある日、人づてにひょんな事から一人の男性と知り合いました。
自分の親ほど年の離れた男性でしたが、お互いすぐに意気投合。私の全てを認め、尊重してくれる方でした。彼は東京生まれ東京育ちの江戸っ子。私は東京からは遠く離れた田舎の街に暮らし、本当に思いもかけない知り合い方でした。
ガンを患って長い闘病を続けている人でしたが、「病気とは一進一退、長く付き合ってるからまだ死にゃしないよ」と常に明るくユーモアあふれる彼に私の心も少しずつ癒されていき、毎日電話をして、手紙のやり取りをして、寅さんの話をして関係を深めました。
知り合ってから3ヶ月。私が東京へ旅行に行き、彼と一緒に柴又、帝釈天や江戸川等、草だんごを頬張りながら寅さんに縁のある場所をたくさん歩いて周りました。
傍から見たら、父と娘のような二人が手をつないで身を寄せ合いラブラブしていたのはきっと滑稽に映ったでしょう。それでも私たちは最高に幸せでした。

しかし彼の病気はだんだん悪化して行き、結局知り合って1年半後、彼は亡くなりました。最後の1ヶ月、私は出来る限り彼の元へ足を運びました。
最後は大好きな寅さんの話も出来ず、私はベッドの横で一日中彼の手を握っているだけでした。でも彼が亡くなった時、不思議と寂しくありませんでした。私に出来る事は全てやったという気持ちと、彼に対する感謝の気持ちが溢れていました。

彼と知り合えたおかげで、私も少しずつ元の元気を取り戻す事が出来ました。寅さんの映画を見るたび、彼と二人で行った最初で最後の柴又旅行を思い出します。病気のために仕事を辞めてしまいやるせなさや情けない気持ちで日々を送っていた彼、結婚に失敗し多くの人を傷つけ誰にも心を開けなくなっていた私。そんな知り合うはずも無い二人が出会い、寅さんのおかげて二人共前向きになれた。
それまで大好きだった寅さんをさらに大好きになりました。
そして今の私は、東京で愛情と人情を人に与えられる仕事に就きたいと夢を持っており、日々その夢に向けて努力しています。


今日もレンタルビデオ屋で

A.Nさま (30代~ ) 関東 在住

私は中3で寅さんを知りました。ファン歴15年になります。

私は、お気に入りの3作品以外はDVDを持っていません。それは、レンタルビデオ屋に行くのが楽しみだからです。

今日は第○作品を借りよう!

そう思った瞬間から、脳内スクリーンで上映が始まります。

うきうきしながらビデオ屋さんに着いて、お目当てを探します。

あ、あった!

という時もあれば、

あ、貸し出し中だ!

という時もあります。

でも、貸し出し中だとしても、なんとなくうれしくなります。

あー、どこかのだれかも、今日この作品見たかったんだな。

今はもう、浅草の映画館もなくなってしまって、たくさんの人と一緒に寅さんを見る機会は減ってしまったけど、私はこんな形で、他の寅さんファンと寅さんを共感しています。


寅さんでみんなが笑った

このみさま (30代~ ) 中部、東海 在住

食卓を囲む家族の団らん。祖父母と父と私。
その輪の中心には、寅さんがいました。
夕飯を食べながら寅さんを見るのが、私たち家族の楽しみだったのです。

私たち家族は、みんな寅さんが大好き。寅さんだけではありません。柴又のみんなは、まるで私たちの本当の身内のよう。さくらや、おいちゃんおばちゃんがいるお茶の間が、私たちの食卓と繋がっているかのように、テレビの前で泣いたり笑ったり、寅さんのことを心配したりしました。

私が結婚し、実家で寅さんを見る機会は少なくなってしまいましたが、それでも帰省した際には父がおもむろに寅さんを流し始めます。
祖父が声を上げて笑い、祖母が前のめりで寅さんの話を聞きます。私はそんな家族たちを見て、とても幸せな気持ちになれるのです。

私たちが寅さんを忘れない限り、いつまでのこの食卓は柴又へと繋がって、寅さんはいつまでも生き続けるんじゃないかと思います。


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