「男はつらいよ」45周年記念 私と寅さん

寅さんとわたし

寅さんおやじさま (40代~ ) 関東 在住

私は幼少の頃、寅さんが嫌いでした。子供ながらに寅さんは悪い人に見えたのです。大人になったら絶対こんな人になってはいけないと思い寅さんはその悪い大人の代表でした。

その一方で、私の父親は寅さんが大好きでした。寅さんのテレビ放送は欠かさず観ていました。そのテレビ放送を私は嫌々付き合わされ観ていました。それだけではありません。父は寅さんそっくりの服装をし身なりまでそっくりでした。私は父と一緒に街を歩くのが恥ずかしくもあり嫌でたまりませんでした。

時が流れ、父は他界し、私は大人になりました。大人になった私は寅さんが大好きで大好きでたまりません。寅さんの映画がテレビで再放送されるたびに目を釘付けにして寅さんを観ています。寅さんの発する一言、一言に心踊らされるのです。そして、その寅さんに今はなき父親の姿が重なるのです。

寅さんへの心の変遷が私の成長、父親への思いにつながっています。そして、寅さんが好きになれたことで父親とも心が通い会えたと思うのです。私にとっての寅さんのへの思い出とは父親への思い出そのものなのです。


私の寅さん

稲葉大介さま (40代~ ) 関西 在住

寅さんを初めて視たのは父が見ていたテレビを何気なく視ていたのが最初でした。
最初は正直、おっさんの映画という感じで気にも留めていなかったのですが、だんだんと
ひきこまれていきました。
私の地元が千葉だけあって言葉づかいがすんなり入ってきて、これが喜劇なのか!
と感動を飛び越えて気が付けば柴又に何度か通い自身がストーリーの主人公になった
つもりで柴又を闊歩しました。
現在は大阪に在住ですが機会があれば柴又に寅さんの世界を求め足が向いてしまいます。
一週間に何度も寅さんを視ては自分の居場所を探しています。
自分の人生で寅さんなしの生活は考えられません。
これからも寅さんを愛し続けていきます。


似てるでしょ?

リアル東 京一郎さま (40代~ ) 関東 在住

東京生まれの東京育ち両親のもと、葛飾区金町で生まれ育った私には、田舎と言うものがありませんでした。子供の頃、夏休みなどに、同級生が田舎へ遊びに行くのを羨ましく思ってました。
インテリではないですが、大学を出て転勤のある会社に入り、13回転勤し、全国津々浦々まわらせていただきました。全国どこに行っても、寅さんの足跡を見つけることができました。
きっと寅さんも、私と同様に、田舎に対する憧れを持ち、旅暮らしだったんじゃないかなって思います。旅で出会う酒、メシ、そしてマドンナ。なんとも言えない出会いに憧れを持っていたんじゃないですかね。でもそれは、帰れる故郷があるからなんですよね。
今年10年4カ月振りに帰京し、今、42歳。独身。雑貨卸の会社員です。似てるでしょ?寅さんに。


生きててよかったなあと思う時

大阪の栗きんとんさま (40代~ ) 関西 在住

生きる意義についての寅さんの言葉は,苦しい時によく思い出しています。

ああ,生きててよかったなあと思う時があるだろう,そのために人間生きてるんじゃないかあ?

苦しいばかりと思う時もありますが,ああ,生きててよかったなあというとき,ありますよね。
しんどいときは,生きててよかったなあ,を思い出して,乗り切りましょう。


満男とともに成長した

満男と同級生さま (40代~ ) 関東 在住

創作のことであるので2,3年ほど帳尻は合わないようだが、公開を重ねる途中から、1970年生まれの私と満男くんは完全に同級生となった。高校進学、浪人、大学進学、就職。そして、恋愛。彼の成長はわたしのそれで、彼の悩みはわたしのそれだった。そして、悩んでつまづきそうになった時、おじさん寅さんが、意識的か無意識かは別に、手を差し伸べた。満男に対してはもちろん、私自身にも。「勉強ってのはなぁ」「恋ってのはなぁ」生きること、働くこと、満男を同じ目線に立って諭す言動。どれほど救われたことか。
25作「ハイビスカスの花」に新たに撮影シーンを加えた特別編。その冒頭に、駅のプラットフォームの向かい側に寅さんの残影を記憶とともに探る満男が描かれていたが、その姿はまごうことなく、自分自身の姿でもある。


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