「男はつらいよ」45周年記念 私と寅さん

昭和の良き時代の歴史小説だな・・・

神奈川のくろひげさま (50代~ ) 関東 在住

寅さんは大好きでした そして今も大好きです
48作全て持っております 今改めて見直すと 初期の寅さんはちょっと乱暴すぎてて おバカさんすぎてるかなぁって思いますが 順次見ていくと 年齢を重ねるにつれ 映画の中の寅さんも まろやかになり 優しくなり・・・成長していくんですねぇ

ただただ大笑いするんです それが ほら そろそろ来るぞ ほら来た どっかーんとお約束の大笑い でも 泣ける寅さんも多いのです 40作以降は どれを見ても泣けますねぇ
それは 私自身も年齢を重ねたから 人生のキビ 人情・・・etc わかる年代になったのもあるでしょう

現代の若い人にはわからないニュアンスもあるでしょうねぇ 昭和の時代の人々
今の人々とはちょっと違うかもしれませんねぇ 貧乏でも人情があった 助け合いがあった
・・・昭和の良き街 人 日本各地の風習や生活環境から いろんな職種 名所 などなど
昭和の記録映画です まさに歴史書ですわ~


日常会話に役立ってます

スマイルさま (50代~ ) 関東 在住

寅さんの作品は全て見ました。
寅さん映画はほのぼのとして、笑いがありジーンときたりと
とても楽しくて何回も何回も見ています。
何回も見ていますと、セリフを覚えてしまい日常会話で
寅さんから学ばせて頂いたトークを使っております。

「朝ごはんはちゃんと食べているの」なんて聞かれると、
「そうねえ、朝ごはんはしっかり食べますよ、
炊きたてのご飯と熱い味噌汁、一塩のしゃけ、
一夜ずけのおしんこ、パリパッリとした浅草海苔、
板わさが二切れ 三切れ、ちょっことワサビずけが付いていたりいなかったり」
「健康的な朝ごはんを食べているのね」って良くいわれます。

営業でお客様宅に訪問した時に、
「少し聞きたいことがあるから上がって
くださる。」と奥様に進められた時、もしも奥様がお一人の場合
「奥様、ご主人がおられない奥様お一人の家、それでなくても
うわさの種になるといけませんから、またお伺いさせていただきます。」
「あら、そこまで気にされなくてもよろしんじゃありません。」
いえ、気にしてしまうんですね。

時には、「夏休みはどちらか出かけるの」
「 え今年は◯×⁇イーンへ行こうと思っているんだ。」
「えええ…!ウイーン?凄いないいな!」
「いえウイーンじゃ無くて湯布院です。温泉場の」
「ウイーンじゃなくて湯布院なんだ、聞き間違えちゃったははははは」
自然と笑いがこぼれます。

寅さんから学ばせて頂いたトークはまだまだたくさんあって、
書きれません

車寅次郎先生は私の師です。


親愛なる車寅次郎様

池田厚司さま (50代~ ) 関西 在住

あなたがこの世を去って18年。自由奔放に生きるあなたに自分自身を重ね、自分の人生をよく正当化したものです。18年前のあの夏、波乗りから帰る車のラジオで聞いたあなたの訃報。海での疲れに、さらに追い打ちかけるような疲労感と虚脱感。人生の追い風を失ってしまったようで、その年を最後に二度と海に出ることはありませんでした。ヤンチャだった自分も、還暦目前。結局、寅さんも自分も自由奔放すぎて、時代の波には乗れなかったのかも知れません。そちらの世界の居心地はどうですか。お伺いするその日まで、どうか穏やかなベタ凪でありますように。


まだまだ五十代

野球小僧二郎さま (50代~ ) 関東 在住

とらさん。そう-初めての出会いは40年、50年程前になりますね、tv番組での出会い、青島幸男さん、渥美清さん主演の「泣いてたまるか」。小学生でありながら がんばって 生きてゆこう、なんて思いながら見ておりました。
主題歌なんて 今もって そらで歌える程、柴又には 自転車で30分程の距離、何時までも帝釈天の寅さんは 今日も鞄を持って参道を歩いていますよ。


握手

石川 蟹蔵さま (50代~ ) 関東 在住

俺の子供の頃、俺は寅さんの故郷である柴又に住んでいました。
ロケがあるとたいてい見に行ってました。

俺が小学校4~5年生頃の話ですね。
その時もロケに来ていました。

ロケの合間かと思われますが、
寅さん(渥美 清さん)が帝釈天の境内にいらしゃいまして
「握手をしてほしい」と、お願いをしたら、
快く握手をしてくださいました。

あの時の寅さんの手の大きさと手のぬくもりは今でも忘れることはありません。


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